知的障害者を対象としたテレビ放送に関する研究

藤澤和子(大和大学保健医療学部)
小尾隆一(社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会)
土井有羽子(兵庫医療大学看護学部)
ひろ子(認定NPO法人 CS障害者放送統一機構)

Ⅰ.知的障害者のためのわかりやすいテレビ番組のガイドライン

 テレビ放送は、現在社会において欠かすことのできない情報獲得や娯楽の手段であるが、 知的障害者は、十分にサービスを享受できない現状がある。 平成25年12月に日本でも批准された障害者権利条約では、障害者が自立生活を送り、 平等に社会のあらゆる面にアクセスすることを可能にするため、 放送を含む情報アクセシビリティを進めることが規定されている。 しかし、具体的な国際基準がないため、知的障害者にわかるように情報提供をすることは、 送り手に任されている現状にある。
 その現状の改善を目指し、知的障害者のテレビ放送における情報アクセシビリティを向上させることを目的として、 知的障害者にわかりやすいテレビ番組のガイドラインを作成した。 ガイドラインでは、知的障害者の認知特性を踏まえ、 彼らにわかりやすいテレビ番組を提供するための具体的な配慮事項として、 話者の話し方や画面の視覚的配慮、副音声(音声解説)や字幕の利用方法の3項目を示し、 それぞれについての具体的な手立てを挙げている。知的障害者がテレビ番組を楽しみ、 必要な情報を得るために、送り手がどのようなことに配慮すべきであるかについて提案する。

1.基本的な話し方

 ニュース番組のアナウンサーや解説者、バラエティの司会、 ドラマのセリフ、副音声(音声解説)等で、話者が注意する話し方のポイントを示す。
①ゆっくり話す。
②年齢に相応しいことばを使う。
③具体的に話す。

④複雑な表現は避ける

⑤シンプルな構文で話す

2.画面の視覚的な配慮

見やすく、わかりやすい画面にするために配慮するポイントを示す。
①音声は、字幕で画面に表示する。
②文字表示での配慮

③話しことばの理解を助けるために、非言語情報である視覚イメージ情報を併用する。

④色覚異常に配慮する。
⑤てんかん発作を誘発するちらつきがある時は、注意を促すための表示をする。

3.副音声(音声解説)や字幕の利用

一般の放送ではわかりにくいところを、副音声と字幕を加えて情報を補うことで、理解を促す方法を示す。
 知的障害者は、場面が変わったことや、時間的な流れが継続せずに跳んだ場合に、変化を理解することが難しい。
ドラマやドキュメンタリー等で登場人物がしている行為の意味や気持ちを表情や文脈から理解することも苦手である。 また、CM画面の変わり目がわからない人やドラマやノンフィックションの番組が、現実のことと思い混乱する人がいる。
 そのため、番組の中やCM画面の前後で、次のような副音声(音声解説)や字幕を加えることが望ましい。

①場面の変わり目では、変わったことがわかる説明をする。
 例)大阪から東京に場所が変わる時には「東京に場所が変わる」と加える。
②時間の変わり目では、時間の場面が変わったことがわかる説明をする。
 例)昨日の場面に変わる時には、「昨日のことです」と加える。
③難しいことばは、意味を説明する。
 例)「個人情報の流出」を「名前、生年月日、住所、年齢、罹った病気、 納めている税金や年金等の情報が他の人に見られてしまう」と説明する。
④人物の表情の変化や気持ちを説明する。
 例)幼い次郎がお母さんと別れる時に泣きそうになる場面で、   「次郎はお母さんと別れるのが悲しかった」と説明する。
⑤人物の行為の意味の説明をする。
 例)太郎がコンピューターで文字を入力している場面で、「太郎は、花子に    メールを書いている」と説明する。
⑥CM画面に変わるときは、「コマーシャルです」等と、CMに場面が変わったことがわかる説明をする。
⑦「この番組は、ほんとうにあった話ではありません」「このお話は、作り話です」等と、 ドラマやフィックションが現実のことではないことがわかる説明をする。

Ⅱ.知的障害に配慮した番組制作の試み

 上記ガイドラインを基にして、NHKドラマ「あさが来た」とNHKニュースウォッチナイン「マイナンバー改正案の成立」のリメイクを行ったので、 その概要と、一部を抜粋して報告する。

1.NHKドラマ「あさが来た」

 生活環境としてほとんどの人が視聴できるテレビ放映によるドラマを、 知的障害者にわかりやすくリメイクすることを試みた。 映像はそのままを用い、副音声と台詞字幕をリメイクの対象とした。 一般に放映されているドラマのストリー性や場面・時世の展開に対する難しさを明らかにしながら、 知的障害者にとって理解でき楽しめるドラマにするために、どのような字幕などの修正が必要かを検証した。 そして、リメイクを通して、今後、知的障害者に配慮したドラマを制作するための方略を考察した。
 今回は、日本放送協会(NHK)の朝の連続テレビ小説で放映された「あさが来た 第7週『だんな様の秘密』第42話」を題材とした。 これを題材とした理由は、「知的障害者のテレビ視聴の実態調査(以下、「実態調査」)」結果から、 知的障害者がよく視聴するテレビ番組として「相撲」、好まないテレビ番組として「暴力シーン」があり、 この第42回は「相撲」の場面があり、「暴力シーン」がないことからであった。
 まず、台詞、ナレーション、副音声の全発語を文字化して、映像に合わせてリライトした。 リライトした発語は吹き込み、台詞字幕と副音声では時間的に補えない情報(以下、「字幕解説」)をテロップで画面に表示した。 試作品を研究者間で分析し、修正した試作品の分析を繰り返し番組作成を試みた。 なお、台詞字幕と字幕解説に用いる漢字や内容のレベルを替えた「ほぼカナ版」と「ルビふり版」の2種類を作成した。 「ほぼカナ版」は小学校1年生で持ちいられる漢字、「ルビふり版」は小学校3年生で用いられる漢字を使用した。

表1 「あさが来た」のリメイク一部抜粋

  ほぼカナ版 ルビふり版 既存の副音声(視覚障害者)
副音声1みんなに炭鉱で働いて欲しいと思っているあさ 
字幕1たんこう=せきたんを ほりだす山(やま) 炭鉱(たんこう)=石炭(せきたん)を ほりだす山(やま)  
台詞

あさ「しょうぶ いたしましょう」

福太郎「ほう どげんして しょうぶ するっちゅうんや」

あさ「すもう だす」

あさ「勝負(しょうぶ) いたしましょう」

福太郎「ほう どげんして 勝負(しょうぶ)するっちゅうんや」

あさ「相撲(すもう) だす」

 
副音声2 相撲が強いあさ  
字幕2 あさが すもうに かてば みんな たんこうで はたらく やくそく あさが 相撲(すもう)に勝(か)てば みんな炭鉱(たんこう)ではたらく やくそく  
台詞

あさ「さあ かかって きなはれ」

伊作「おれが やる」

紀作「いやぁ おれたい」

炭鉱夫「おれじゃ」

炭鉱夫たち「おれたい」

治郎作「こん バカ(ばか)たれが!おなごを なげとばして どげするとか!そげなもん クソ(くそ)のじまんにも ならん」

治郎作「おまえら いつから そげ こしぬけに なったとか こら」

紀作「すいません」

福太郎「そげん いうても おやかた やりたいち いいだしたんは あっちやけ」

あさ「そうだす そない やすやすと なげとばされる つもりあらしまへん」

治郎作「そうか うられた しょうぶは かわんと いけんのぅ」

新次郎「かわんといてえな」

あさ「それやったら おやぶんさん どないだす?」

治郎作「はっ? おれか?」

あさ「さあ かかって きなはれ」

伊作「おれが やる」

紀作「いやぁ おれたい」

炭鉱夫「おれじゃ」

炭鉱夫たち「おれたい」

治郎作「こん バカ(ばか)たれが!おなごを 投(な)げとばして、どげするとか! そげなもん クソ(くそ)の自慢(じまん)にも ならん」

治郎作「お前(まえ)ら いつから そげ こしぬけに なったとか こら」

紀作「すいません」

福太郎「そげん 言(い)うても 親方(おやかた) やりたいち 言(い)いだしたんは あっちやけ」

あさ「そうだす そない やすやすと 投(な)げとばされる つもりあらしまへん」

治郎作「そうか 売(う)られた 勝負(しょうぶ)は 買(か)わんと いけんのぅ」

新次郎「買(か)わんといてえな」

あさ「それやったら 親分(おやぶん)さん どないだす?」

治郎作「はっ? おれか?」

 
副音声3 相撲をやめさせたい新次郎  
台詞

治郎作「あいにくやが わしら ヤマ(やま)の男(おとこ)は おなごと しょうぶ やらせん」

治郎作「そうじゃのう…。 ああ あんた やっちくれ」

治郎作「あいにくやが、わしら ヤマ(やま)(炭鉱(たんこう))の男(おとこ)は、おなごと 勝負(しょうぶ)やらせん」

治郎作「そうじゃのう…。 ああ あんた やっちくれ」

 
副音声4 弱そうな宮部に決めた親分  
台詞

あさ「みやべさん?」

宮部「なして おれっち?」

あさ「のぞむ ところだす どうぞ よろしゅう おねがい いたします」

あさ「宮部(みやべ)さん?」

宮部「なして おれっち?」

あさ「のぞむところだす どうぞ よろしゅう おねがい いたします」

 
副音声5 連続テレビ小説あさが来た 第42回
お話を作った人は古川智映子 セリフ等を作った人は大森美香  音楽は林ゆうき 主題歌は365日の紙飛行機 歌う人はAKB48 語りは杉浦恵子アナウンサー  演じる人 白岡あさは波瑠 あさの夫白岡新次郎は玉木宏 あさの母今井梨江は寺島しのぶ  大番頭の雁助は山内圭哉 女中のうめは友近 女中のふゆは清原果耶 親分の妻カズは富田靖子  親分の治郎作は山崎銀之丞 宮部源吉は梶原善 あさのおじいさんの今井忠政は林与一
連続テレビ小説あさが来た 第42回
 お話を作った人は古川智映子 セリフ等を作った人は大森美香  音楽は林ゆうき 主題歌は365日の紙飛行機 歌う人はAKB48 語りは杉浦恵子アナウンサー  演じる人 白岡あさは波瑠 白岡新次郎は玉木宏 今井梨江は寺島しのぶ 雁助は山内圭哉  うめは友近 ふゆは清原果耶 カズは富田靖子 治郎作は山崎銀之丞 宮部源吉は梶原善 今井忠政は林与一
連続テレビ小説あさが来た 第42回
 原案 古川智映子 脚本 大森美香  音楽 林ゆうき 主題歌 365日の紙飛行機 歌 AKB48 語り 杉浦恵子アナウンサー  出演 白岡あさ 波瑠 白岡新次郎 玉木宏 今井梨江 寺島しのぶ ふゆ 清原果耶  カズ 富田靖子 宮部源吉 梶原善 今井忠政 林与一  解説は、松田ゆうきです
副音声6     飯場の表
台詞 一同「おおー!」 一同「おおー!」  
副音声7 あさが勝てば、炭鉱で働くことになるみんな しこをふみ、睨み合うあさと宮部
台詞 亀助「はっきょ〜い…」 亀助「はっきょ〜い…」  
副音声8 あさを心配している新次郎 行司は亀助。男たちと一緒に観戦する新次郎

 

2.NHKニュースウォッチナイン「マイナンバー改正案の成立」

 生活に必要な情報を入手する方法の1つとして、テレビ放送によるニュースは重要なものである。 WEBによるニュース配信も増加してきたが、現在もなお多くの人がテレビニュースを視聴している。 文字を読むことが難しい知的障害者にとっても、アナウンサーの話しことばで伝えられ、写真や動画等を加えたニュースは、 活字によるニュースよりもわかりやすいと考えられる。 しかし、テレビ視聴の調査によると、ニュースは見る人や好む人が少なく、情報を得るツールとして活用されていないことが明らかである。 ニュースで伝えられる事柄が自分の生活にどのように影響するのかという関連性が理解できないために、 ニュース自体に興味が薄い知的障害者もいるであろう。しかし、そのような人も含めて、 生活に関わる情報が伝わり理解できるようにすることは、 知的障害者が一般の人と同じように自分の人生を自分で決めて豊かに生きるために必要なことである。 すでに、聴覚障害者のための手話ニュース、視覚障害者のためのニュース、子ども向けのニュースが放映されている。 これらは、障害や小学校高学年程度の理解力に応じて制作され、対象となる人達のニュースへのアクセスを高めている。 一方で知的障害者には、まだ障害特性に応じたニュースは制作されていない現状にある。
 そこで、本研究では、生活環境としてほとんどの人が視聴できるテレビ放映によるニュースを、 知的障害者にわかりやすくリメイクすることを試みる。 映像はそのままを用い、発話部分をリメイクの対象とする。 一般に放映されているニュースの難しさを明らかにしながら、わかりやすいニュースにするために、 どのように解説などの修正が必要であるかを検証する。 そして、リメイクを通して、今後、知的障害者にわかりやすいニュースを制作するための方略を考えたい。
 今回は、NHKの9時のニュースで放映された「マイナンバー改正案の成立」(放映時間8分)を題材とする。 「マイナンバー」という事柄や概念自体が難しく、一般の人でも理解しにくいと思われるニュースをあえて取り上げることで、 一般のニュース放映の難しさとわかりやすくする方法を明確にすることをねらいとした。 手続きは、ナレーション、アナウンサー、解説者の全発話を文字化して、視覚的に提示される画面に合わせてリライトした。 リライトした発話を吹き込んだ。発話は、テロップで画面に表示した。

表2 「マイナンバー改正案の成立」のリメイク一部抜粋

元のNHKニュース 修正
アナウンサー:さあ、続いてはこちらです。  
(みほん)  
日本に住むひとりひとりに、12ケタの番号を割り振るマイナンバー制度についてです。  
河野:利用範囲を金融医療などの分野に広げる改正マイナンバー法が今日成立しました。 金融や医療などの事柄にマイナンバーを利用する改正マイナンバー制度が、今日決まりました。
田中:来年1月から運用が始まるマイナンバー制度。街の人たちはどう捉えているのでしょうか?  
男性:効率的でいいんじゃないスか?うん…。  
女性:ちょっと不安もございますわね。  
男性:管理されている感覚がどうしても強いので…はい。まあ、その辺ですかね。抵抗があるのは…はい。  
女性:手続きとか簡単になると思うんで、そういうとこは便利やなとは思うんですけど、 その分個人情報ちょっとでも漏れたら、ダ〜ッてそれを派生して漏れてしまうから、ちょっと大変かなあとは思いますね。  
  マイナンバーを使うと、便利だと思う人、誰かに従わされている感じがしていやだと思う人、 自分の情報が他の人から見られてしまわないかと心配する人、いろいろな意見があります。
ナレーション:今日の衆議院本会議。  
議員:同意の諸君の起立を求めます。  
ナレーション:改正マイナンバー法が自民・公明両党と民主党・維新の党などの賛成多数で可決され成立しました1) 今日、改正マイナンバー制度が、衆議院本会議という国の会議で、自民、公明、民主、維新の党などの賛成で決まりました
制度の利用範囲2)を金融や医療などの分野に広げることを目的としています。 この制度は、マイナンバーが利用できる分野2)を、金融や医療に広げることを目的としています。
アナウンサー:このマイナンバー、どのような場面で使うことになるんでしょうか?田中リポーターです。  
田中:はい。マイナンバー制度、番号を通知3)するためのこの通知カードは、来月5日以降4)簡易書留5)で届けられます。 番号を知らせる3)ための通知カードは来月5日から4)郵便5)で届きます。
マイナンバーは赤ちゃんからお年寄りまで国内に住民票6)を持つ全員に割り振られます。  
このカード、実際はクレジットカード7)くらいの大きさです。 今は説明のために大きくしていますが、本当は定期券7)くらいの大きさです。
今は別々に管理されているさまざまな個人情報8)が、この番号1つで確認できる9)ようになるんです。 この番号は結婚や引っ越しなどをしても変わりません。 マイナンバーは、赤ちゃんからお年寄りまで日本に住む人6)全員につけられます。 例えば、Aさんの個人情報である名前、生年月日、住所、年齢、罹った病気、納めている税金や年金等の情報8)に、Aさんのマイナンバーが付けられます。 今は、Aさんの年金は年金の番号、医療保健証は医療保健証の番号等と、別々の番号が使われています。 これからは、それらの番号が、12ケタのマイナンバー1つに変わります。9)この番号は、結婚、引っ越しをしても変わりません。
この通知カードを受け取ったら、企業などに勤めている人は正社員やアルバイトにかかわらず、 勤務先10)にマイナンバーを届け出ないといけません。 通知カードを受け取ったら、企業などで働いている正社員やアルバイトの人は、 働いている企業10)にマイナンバーを届けでないといけません。
これは源泉徴収票11)マイナンバーの記載が義務づけられるため12)です。 企業は、働いている人のお給料から税金を国に支払っています。支払った証明が源泉徴収票です11)。 これからは源泉徴収票にマイナンバーが付くので、マイナンバーを見ると、 だれの税金がいくら支払らわれたかということがわかるようになります。12)

※表2は、元のNHKニュースの発話と修正した発話に下線を引いて対応させた番号をつけている。

謝辞
本研究は、放送文化基金(26年度)を得て実施した。番組のリメイクはNHKの許可を得た。
心から感謝申し上げる。

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